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高松高等裁判所 昭和47年(ラ)36号 決定

抗告人 株式会社益製作所

主文

原決定を取り消す。

本件を高知地方裁判所に差し戻す。

理由

一  本件抗告申立の趣旨は「原決定を取り消す。抗告人株式会社益製作所について更生手続を開始する。」との裁判を求めるというのであり、その理由は要するに、抗告人は会社更生法三八条五号の「更生の見込がないとき」に該当しないから同条項に該当すると認めて抗告人の更生手続開始の申立を棄却した原決定は相当でないのでその取消と更生手続の開始を求める、というのである。

二  抗告人が原裁判所に対し昭和四六年一〇月二五日付で更生手続開始の申立をしたところ、原裁判所は昭和四七年八月一六日付をもつて、抗告人が会社更生法三八条五号にいう「更生の見込がないとき」に該当するものと判断して抗告人の更生手続開始の申立を棄却したことは記録上明らかである。

しかして、本件記録にある各資料によれば、抗告人が更生手続開始の申立をするにいたつた経緯のあらましと、原決定当時における会社更生の能否に影響を及ぼすべき周囲の情勢は一応次のとおりであつたことが認められる。

すなわち、抗告人は工作機械の製作、販売等の営業を事業目的として、昭和三一年九月一日設立され、資本金額四、七〇〇万円(昭和四六年七月中二度にわたり合計三、七〇〇万円の増資をして、右の資本金額となつた。)、発行済株式の総数九四、〇〇〇株(一株の金額五〇〇円)の株式会社であるが、著明な電機メーカーである株式会社安川電機製作所の子会社として設立された安川商事株式会社との間に、抗告人の製作にかかる料理屑処理機「デイスポーザー」等の販売を通じてかねてから取引があつたのを、昭和三九年一〇月二〇日同会社(以下安川商事という。)と販売総代理店契約を結び、それ以来、当時すでに抗告人の主力製品となつていたノンストツプ変速機を主軸として安川商事にその一手販売を行なわせるとともに、同会社から毎月二、〇〇〇万円ないしそれ以上に達する代金の前渡をうけ、これを主たる資金源として事業を続け、逐年生産と売上を伸ばしてきた。しかし、抗告人の事業経営は外注に対する依存度が高いことにもとづくコスト高、納期の遅延、品質管理の不徹底等の問題点があり、需要の増大につれてその欠点が拡大されてきたところから、問題点改善の方策として、外注加工から自社加工体制へ移行することによる合理化をめざし、昭和四三年半ばころから、五か年計画により総額一億六、七〇〇万円の資金を投じて機械設備などの新設拡張を行なつた。そして、昭和四四年度(同年同月から昭和四五年三月まで)においては右計画の一部が実施された結果、生産および売上の増大をみ(多いときは変速機の台数が月産一、〇〇〇台をこしていた。)、約二、〇〇〇万円に近い利益を計上することができ、昭和四五年度に入つて、いよいよ好況裡に事業が進展するかにみえたのであるが、同年八月二一日高知地方を襲つた台風一〇号による塩水浸害により、機械設備、材料、仕掛品、製品などに約八、五〇〇万円にのぼる甚大な被害を受け、昭和四六年三月期決算において約四億三、〇〇〇万円の売上を計上しながら却つて約四、八〇〇万円の損失を計上する結果となり、五か年計画の遂行にもまた事業の運営資金面においても重大な支障が生じることとなつた。さらに、昭和四五年一〇月ころからいわゆるドルシヨツクにもとづく工作機械業界の不況があり、昭和四六年に入つていよいよこれが深刻化して、容易に景気が回復しなかつたために、販売総代理店である安川商事は、需要家からの注文が激滅したのにともない多量の在庫を抱える結果となり、また昭和四六年三月ころにはその前年一〇月ころすでに一億円に達していた前渡金残高がさらに増嵩を続ける形勢にあり、これらの事情により抗告人に対する発注と前渡金の交付を縮減する必要に迫られた。しかし、安川商事はしばらくの間忍んで援助を続けていたが、結局抗告人に対し同年三月三日付および同月五日付で、同年四月以降の発注量および前渡金額を毎月変速機五〇〇台、二、〇〇〇万円に縮減したい旨および先に抗告人から申入れのあつた新販売ルートとの取引開始の件を諒承し販売総代理権を事実上手放すのもやむを得ない旨の各申入れや回答をし、さらに同年六月一〇日付、七月二三日付および同月二五日付で景気回復の遅れにより同年九月末には安川商事の変速機在庫が二、〇〇〇台、金額にして八、〇〇〇万円程度に達する見込であるので同年八月分の発注量を一〇〇台、九月分のそれを一六二台にしたいこと、販売総代理店契約を解約することおよび同年六月八日現在で二億二、八〇〇万円余の前渡金債権があるのでその返済を求めることという趣旨の通告または請求をし、同年一〇月以降は発注と前渡金の交付を完全に打ち切ることとなつた。

抗告人は安川電機に対する販売の外に同会社の諒解のもとに変速機の新販売ルートとして、昭和四六年四月ころから株式会社山善等幾つかの業者と販売契約を結んでいたが、それは安川商事との間の従前の取引量には比すべくもなく、事業経営面における、ことに資金面における安川商事への従前の依存度が余りに過大であつたこと、五か年計画にもとづく設備投資がほとんど安川商事から交付された商品代前渡金の流用によつて賄なわれたこと、予想外の業界の深刻な不況による販売の停滞、といつた悪材料が重なり、安川商事からの発注と前渡金交付とが打ち切られたことにより忽ち事業資金が涸渇して経営が行詰まり、その直前の同年七月には三、七〇〇万円増資して資本の額を四、七〇〇万円としたが回生の効果はなかつた。その結果、同年一〇月二六日当時の貸借対照表によれば、資産総額四億五、二四二万七、〇〇〇円に対し負債総額五億五、二三七万九、〇〇〇円に達し、差引九、九九五万二、〇〇〇円の債務超過となり、同年一一月一日および五日に支払期日の到来する手形につき、その決済資金として約二、〇〇〇万円が不足し、かつ抗告人所有の土地、建物および機械設備はいずれも多額の根抵当権(極度額の総額一億二、五〇〇万円)や譲渡担保権の目的となつていて担保余力がなく、資金の調達がほとんど不可能であつたところから同年一〇月二五日本件の更生手続開始の申立をなすにいたつた。

しかして、調査委員大畠永弘が調査した結果は、昭和四六年三月二一日から右申立当時の同年一〇月二六日までの抗告人の営業実績を基礎として抗告人の将来における収益性を計算すると、損益相償い、あるいは適正利潤として年間二、〇〇〇万円の利益を計上することが可能な売上額は前者の場合年間約二億八、九〇〇万円(月間約二、四〇〇万円)、後者の場合年間約三億三、〇〇〇万円(月間約二、七五〇万円)に達する必要があるところ、販売先からの受注見込は損益分岐点の売上額の半額にも達しない、そしてその他の事情をも総合して判断するときは、特殊の事情の発生しない限り更生の見込は極めて薄いという結論であつた。

また大口債権者であり、かつ抗告人の営業の基礎財産たる工場の土地、建物の担保権者である安川商事の意向は、抗告人が事前の連絡なく突然更生手続開始の申立をしたことに対し、これを破産回避の方便と感じて不信を抱き、さらに従来の取引上感得した抗告人の営業能力および技術水準に対する不満もあり、抗告人の再建については極めて悲観的な見通しをもつて非協力的な意見を原裁判所に具申し、さらに抗告人の主たる取引銀行であつた株式会社四国銀行も、抗告人と安川商事との従前の関係が切断され、他に確実な援助を期待できない以上は、抗告人の更生は困難であるとの見解を原裁判所に寄せていた。

抗告人が更生手続開始の申立をなすにいたつた経緯および原決定にいたるまでの抗告人をとりまく周囲の情勢はおおむね以上のとおりであつたことが一応認められ、この認定を動かすに足りる資料はない。

以上に認定の、抗告人の経営が行き詰まるにいたつた経過ことに安川商事の援助に依存し切つた従前の経営態度、同会社からの援助打切り、過大な設備投資等に原因する資金の涸渇と資金繰りの困難および原決定当時に予想された業界の不況の継続、大口債権者の強硬な態度等の諸事情を勘案すれば、原決定当時において、抗告人が株式会社山善等との間に新たに販売契約を結びまた金融機関との間に少額ながら融資(手形割引)契約の見通しがつき、材料供給ないし下請加工の業者である債権者や需要家など大勢の関係者および地域における行政主体などから抗告人の再建を願う強い希望が寄せられていた(これらは記録中の資料により一応認めることができる。)点を抗告人の更生のために有利な資料として考慮に入れても、債権者その他の利害関係人の権利を調整しつつ、債務を償還し、企業を維持更生させるという目的が終局的には達成できないことが客観的に明らかなものとして、「更生の見込がない」との結論を導くことも、原決定時までの事情を基礎とする限り一応もつともなことと思われる。

三  そこで、原決定当時の以上の問題とその後の事情の推移を併せて、現時点において抗告人の更生の見込がないといえるかどうかについて検討を進める。

本件のような製作、販売会社の場合、更生の見込ということは要するに将来にわたり事業を続けることにより適宜の利益をあげ、これにより再生産と適宜の債務償還ができる量の生産、販売を確保するのを可能ならしめる企業内外の諸条件が、少くともさほど遠くない将来において満たされる見込があるかということに帰着すると思われる。(原決定当時の事情においては業界の深刻な不況、資金の涸渇、資金繰りの困難、大口債権者の非協力的態度等を総合して、右の諸条件が満たされる見込みがないものと考えるのが一応もつともであつたと思われる。)

そこで、これらの諸条件について考察する。

(一)  公認会計士東佳宏作成の調査報告書によれば、同公認会計士が抗告人の昭和四七年三月二一日から同年九月二〇日までの半年間の営業成績を基礎とし、将来予想される従業員数の増加等による経費増を加味して調査した結果は、損益分岐点の売上が月間約二、三四〇万円(年間約二億八、〇〇〇万円)、変速機の台数にして月間約六〇〇台であり、また二年後頃から年間二、〇〇〇万円の利益を計上できるために必要な売上が月間約二、九四〇万円(年間約三億五、〇〇〇万円)、変速機の台数にして月間約七五〇台であるとされている。この調査結果は、大畠調査委員の前述の調査結果と幾分相違するが、更生手続開始申立後の従業員数や経費の変化が如実に反映していると思われる最近の営業実績を基礎とした調査結果であつて、現時点においては一応この調査結果のとおり認定してよいと考えられる。

(二)  ところで、抗告人の設備と人的組織とにおいて右の売上を達成するだけの生産能力があるか、またそれだけの受注を確保できるかが先ず問題となるが、生産能力の点については、前記東公認会計士の調査報告によれば、これは可能であることが一応認められるし、受注額については、抗告人から提出された昭和四六年一〇月二七日以降の営業の成績についての各月間報告書と抗告人代表者本人の当審における審尋の結果によれば、業界の不況から漸く景気が回復し、昭和四七年一〇月ころ以降は受注額が漸次増加し、前述の損益分岐点の売上額と同等かまたはそれ以上の額の受注があつた月もしばしばあつたことが明らかになつているので、これに抗告人が更生手続開始の申立についていまだその結論を得ないまま不安定な状態におかれていることのもたらす取引上の不利益な地位をも併せて考慮すれば、将来このような不安定な要素が除去されたときは特段の事情の変化がない限り前記の損益分岐点の売上額ないしは利益を考慮した場合の売上額と同等またはそれ以上の受注を持続的に確保することも可能であることを一応肯定してよい。

(三)  しかしながら、受注額が前述のように順調な伸びを示しているのにかかわらず、販売の実績は漸次増加しているものの受注に伴わず、多いときは月間約一、八〇〇万円ないし一、九〇〇万円に達したこともあるけれども多くの場合月間一、四〇〇万円台あるいは一、五〇〇万円台の前後を上下している(その結果受注の残が毎月増加の一途をたどり、昭和四八年六月二〇日現在の受注残は約八、三〇〇万円となつている。)ことが前述の、各月間報告書によつて明らかであり、これは損益分岐点の売上額である二、三四〇万円より、多くの場合かなり下回るものである。そして、このような受注額と販売額との格差については、前記東公認会計士の調査報告書においても問題点として指摘されているところである。

抗告人代表者本人の当審における審尋の結果および前記各月間報告書を総合すると、販売が受注に追いつかないのは、生産が間に合わないことによるものであるがその主たる理由は現在金融機関からの融資がなく、専ら販売先からの受取手形により代金を前渡し、それによる原材料や外注加工をもとにして生産をせざるを得ない状況にあること(更生手続開始申立前からの在庫材料はほぼ使い尽している。)、鋳物の入手難、従業員の一部不足等の事情によるものであることが一応認められるところ、これらの事情のうち、資金面以外の障害はそれを解消することがさほど困難な性質のものとは考えられない。問題は資金面の障害であるが、前記のように損益分岐点の売上には及ばないにしても、受取手形による代金の支払という方法によつて漸次売上を伸ばし、ともかくも多いときは一、九〇〇万円ほどの月間売上を達成しているのであつて、それだけ資金の回転量が増していると考えられるし、なお本件記録中の資料によれば、一、二の金融機関において、条件付にではあるが抗告人との間に手形割引の諒承を与えているという事情も窺われるのであり、前述のような抗告人の不安定な地位をも考慮すれば、今後、情況の推移によつては金融機関から事業資金等の不足分について融資を受けうる見込がないとはいえない。

(四)  次に大口債権者等の意向であるが、抗告人代表者本人の当審における審尋の結果によれば、大口債権者の安川商事および株式会社四国銀行(いずれも根抵当権者である。)については、原決定後の情勢の変化により、条件のいかんによつては同会社らが抗告人の再建について協力する用意もありうること、またそのほかの大口債権者(その中には抗告人の事業運営に欠くことのできない機械設備について担保権を有する債権者も含まれている。)についても、抗告人の再建について協力的な態度を示していることが一応認められる。

(五)  以上、(一)から(四)に掲げたところによれば、原決定後の事情の変化は、業界の景気の回復、受注の増加、資金回転の増勢、大口債権者の協力的姿勢への傾斜といつた事業の継続について欠くことのできない面において、明らかに抗告人に有利に進展しているものと考えられ、なお抗告人の債務超過額は、金額的にはその大部分が前記台風による損害額と匹敵するものであつて、このような被害が今後も重ねて発生するものとは考えられないので、これらの事情を総合すれば幾つかの不十分な点(例えば生産と売上が現在損益分岐点の売上にも達しないし、また先に認定したように、抗告人のこれまでの事業運営においては品質管理の不徹底とか納期の遅れ等によるクレームの続出という問題が山積し、これが販売総代理点の安川商事の売上にも悪影響を及ぼし、あるいは顧客に対する同会社の信用問題として、同会社を苦境に立たせたこと、しかも抗告人の内部における指揮統率力の不足から同じ問題が繰り返され、ほとんど改善されなかつたこと等が本件記録中にある資料(安川商事と抗告人との間の多数の往復文書)により窺われ、企業内におけるリーダーシツプの欠如については前記東公認会計士の調査報告においてもその改善の必要性が強調されている。)や景気の動向など将来にわたる不確実、不安定な要素を多分に包蔵しながらも再生産を維持し、適宜の債務償還をしてゆくことを可能とするほどの生産、販売量を確保すべき諸条件がさほど遠くない将来において満たされる見込がないものとはいい切れない。

四  そうだとすると、現時点においては、抗告人の「更生の見込がない」ものと断定することはできないのであり、この結論と相反する見解のもとに会社更生法三八条五号に当ることを理由に抗告人の更生手続開始の申立を棄却した原決定は結局相当でないことに帰するので、これを取り消すべきものである。

そして、抗告人につき更生手続を開始すべきか否かに関し同法条所定のその他の条件の有無について更に審理を尽す必要があるので、会社更生法八条、民事訴訟法四一四条、三八六条、三八九条を適用して、原決定を取り消し、本件を原審の高知地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 合田得太郎 伊藤豊治 石田真)

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